<2009.4.26>
先日、ラグビーでお世話になった大先輩のご母堂が亡くなり、葬儀に参列した。
この先輩が喪主ということもあって、社会人や大学チームなどからラグビー関係者が多数集まり、お悔やみの場ながら、懐かしい顔ぶれにあちらこちらで声をかけあう光景が見受けられた。お清め所に足を向けると、うちのチームのOBがたむろしている。この日、わたしは、職場の後輩の転勤祝いと重なっていたが、せっかくの機会である、しばし旧交を温めることにした。
ふと背中に殺気を感じた。振り返ると、あんのじょう、青鬼と青鬼がそびえ立っている。いよお、ひさしぶりぃ、太い腕をむんずと首に回してきた。
この鬼どもは、わたしたちのチームが発足間もないころに、合同練習などで胸を借りた相手チームの選手で、わたしよりもふたつほど年長である。ドラえもんのジャイアンとスネ夫のようなコンビだったが、スネ夫の方は、身長190a近くあり、ロックと言うポジションの、当時としては超大型の有望株だった。
わたしは、もともと小柄でバックスというグループに属し、彼らと一緒にスクラムを組むようなことはなかったが、どういうわけか、この鬼どもからたっぷり可愛がられた。
タックルマシンを抱えて、“あたり”と呼ばれるコンタクトの基礎練習をしていると、わたしのマシンの列に、わざわざ並んでくれて、遠慮なしに突進してきた。そのたびに、タックルマシンもろとも、ゆうに5bほども吹っ飛ばされるのであった。
試合形式の練習では、サイド攻撃を仕掛けてくる。タックルマシンというクッションすらない生身の状態で、相撲の張り手まがいのハンドオフが来る。それをかいくぐってタックルに入ると、ピストンのように勢いよく振り上がるぶっとい太ももと膝頭が目の前にせまってくるのである。
練習を終えて、シャワーを浴び、着替えていると、背中に殺気を感じる。振り返ると、青鬼と青鬼がそびえ立っている。にんまりと笑いかけて、わたしの両脇から腕をひょいと抱え、居酒屋に直行する。まるで拉致である。踏ん張ろうにも、両足がパタついて地につかない。こうなったらなるようになれ、と開き直るしかない。
しかるに、天は二物を与えず、とよく言ったものだ。第2ラウンドの居酒屋対決を制すのは、きまって拉致されたはずのわたしであった。ふたりの鬼は、咽喉を開けて、ビールを胃袋に注ぎいれるように、立て続けに飲み干す。この怒涛のような勢いは、長続きするはずもなく、やがて浜に打ち上げられたザトウクジラのようにおとなしくなるのだ。伝説の世界でも、最後は桃太郎が勝つ。鬼の首を斬り落とし、酒天童子と化した桃太郎は、カッカッカッと快哉の雄たけびを火を吹くかのようにあげるのだった。
赤鬼と青鬼の学習能力はきっと貧弱なのだろう。次の合同練習でも、同じ光景が性懲りもなく、繰り返された。タックルマシンもろとも吹っ飛ばされる桃太郎。やがて桃太郎に退治される鬼。録画したビデオを再生するかのように、いくたびかおなじ映像がリピートされるのであった。
そんなことがあったなあと懐かしく想っていると、あれから何年、いや何十年かなあ、と赤鬼がつぶやいた。30年・・・・弱だな、と青が応えた。
赤と青も久しぶりらしい。お前、なんだかふけたな、などとお互いに言っている。
斎場を離れると、赤鬼・青鬼も連れ立って出てきた。
またしても、両脇を抱えられて、近場の居酒屋に連れ込まれるかと一瞬身構えたが、駅までやってきて、誰ともなく、じゃあ、また機会があれば・・・と声をかわして別れた。ちょっとだけ、視線がからまった。
あの頃、わたしにとって、ふたりは天敵とも言える先輩だったが、はたから見るとさぞかし仲の良い三人組に映ったのではなかろうか。デブとノッポにチビ、その三人がけたたましく、じゃれて戯れているようなものだ。
彼らは、ラグビーが好きだった。ほんとうにラグビーを愛していたし、そのラグビーを愛する者を、また愛した。わたしはそういうふたりを内心、畏敬していた。そして、彼らも、ちょっと後輩となるわたしの情熱をキチンと理解して、認めてくれていたのではないかと思う。
だから、ほんとうのことを云うと、赤鬼と青鬼の学習能力が貧弱だなんてとんでもない検討違いだ。
わたしに元気がなかったり、苛立ったりしているときに限って、ふたりはわたしを拉致した。
お前のチームは強くなる気がする、なんかわからんが、そんな予感がする。
へたくそだが、ここまでうちの練習に着いてこれりゃたいしたもんだ。
Aは、もう1-2年実戦を積ませて化け始めると面白い存在になるぞ。
あとはお前さんがどれだけシャンと引っ張っていくかだな。まあ、三年は覚悟だな。
などと、そういう話しばかりしていた。
誉められているのか、けなされたのか分からないが、気持ちはじゅうぶん伝わっていた。
赤鬼、青鬼と別れて、桃太郎は、山手線にひとりで揺られ、送別会の場所に向かっていた。抱えられなかった両脇がすこしさみしくあった。
ちかいうちに誘ってみよう。こんどは自分が赤鬼と青鬼を強引に両脇に抱えて、拉致することにしようかと考えていた。